月夜の狼亭

TRPG活動に関してのあれこれを書き残すための場。SW2.5自キャンペーン「300年目の英雄譚」に関して中心となります。

300年目の英雄譚_「幕間:ギルドマスターの憂鬱な一日」

こんにちは、とたけです。
今回は幕間回、GM幕間第二弾です。第一幕、星振りが丘での依頼を行っている最中のギルドマスター“ガルフ”さんの一日を描いたものになっています。

この幕間では、シナリオに登場していないとあるキャラクターたちが登場しているのですが、実は彼ら別卓にて活躍したPCたちです。「300年目の英雄譚」は、別卓にて登場したPC達をキャンペーンに多く登場させています。その多くは、本CPに参加しているPLたちの別PCや、そのPC達とパーティーを組んでいたPC達になります(各PCさんへ使用許可を頂いたうえで本CPへ起用させていただいております。)

今回は、本CPの参加PLの一人であるベーゼンさんが過去に開いてくださった「閉ざされた町に咲く花」より4名のキャラクターが登場しています。

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筆者:GM/とたけ 「第一幕:かかわる世界、かわる世界」の後の話。

「幕間:ギルドマスターの憂鬱な一日」

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「これで28枚目、はぁ……」
どんっ、と書類に判子を押す音が室内に響く。
やや疲れた表情の男性は、今しがた判子を押した書類をもう一度確認し
『確認済み』と書かれた箱の中へと投げ入れる。
冒険者ギルド“月夜の狼亭”──────別名《ダイアウルフ》の2階にある
ギルドマスターの執務室に大きなため息がこぼれる。
書類に判子を押している男性は、やや灰がかった狼の耳をぴくぴくと動かしながら
天高く積まれた書類に手を伸ばしている。
筋肉質な体を若干窮屈そうに丸めながら、ガルフ・ローランは事務作業に明け暮れていた。


“月夜の狼亭”はハ―ヴェス王国でも中堅クラスの冒険者ギルドだ。
とはいえ、抱えている冒険者の数は100人を越え、ギルドに詰めている職員たちの数も年々増加し
ありがたいことにこの冒険者ギルドは日増しに大きくなっている。
が、当然人が集まればその分やることも増えていく。
職員たちへの給与の支払いもそうだが、冒険者たちへの報酬支払や冒険の末に勝ち取り
はぎ取ってきた素材の買取、そしてその素材を各業者へ適正な価格で販売する……
これらの作業の間には当然のように大量の書類が発生し、最終的な責任者である
ガルフの決済印を必要とするものも多い。
この大量に発生した事務作業を、ガルフはため息交じりに進めていたのだ。
「えーとこれは…先日の《深淵歩き》討伐にかかった経費の一覧か…」
わしわしと頭を掻きながら、ガルフは一枚一枚書類を確認し、決済印を押していく。
別段、ガルフはこの事務作業が嫌いなわけではなかった、無論好きなわけでもないのだが
それはなぜかと言えば、普段はこのさみしい執務室に一人娘であるウルルの姿があるからだ。
今年で6歳になる、活発なリカントの少女。それがガルフにとっての心の支えとなっていた。
ウルルさえいれば、この楽しくもなんともない忌々しい事務作業も、平然と行えるのだが……
今はその心の支えも、ガルフの元にはいない。


さかのぼること数時間前、ウルルにせがまれて駆け出し冒険者用の装備品を見繕っていた。
自分のお古ではあるが、使いやすく必要最低限の装備を整え、まだ幼いウルルの身体に合うように調整を施した装備品。
それらを嬉しそうに着こみながら、1階にいる冒険者たちに姿を見せていたのが今日の朝。
そして、ウルルが冒険者たちの依頼に着いていったと聞かされ、大慌てで追跡しようとし
何人かの冒険者と受付嬢たちに取り押さえられたのが今から少し前の話だった。
……心配だ、何事もなければいいが。
受付嬢から聞くに、依頼の任地は「星降りヶ丘」だと聞く。
ここから近い、駆け出し冒険者向けの地域で、危険度の高い魔獣はおらず
蛮族も確認されていないエリアだが、どうしても気になって仕方がない。
実は何度かこっそり抜け出そうと試みたのだが、出入り口で見張っている熟練冒険者たちと受付嬢の監視を逃れるのは難しい。
いっそのこと窓から飛び出してみようかとも思ったが、先ほどからギルドの上空を飛んでいる鳥───おそらくは上位のファミリアだが───
そいつの監視のおかげで、窓から飛び降りての逃走も困難だ。
結果、仕方がなくこの部屋で事務作業をする羽目になっている。


こんこんと、部屋の扉をノックする音が聞こえる。
どうぞ、と軽く声を掛けると受付嬢の姿が見え、執務室に入ってくる。
「何かあったのかい? あと、そろそろボクへの監視を解いてほしいんだけど……」
やや恨めし気なトーンで受付嬢を詰ってみるが、当の本人は我関せず、といった様子で口を開く。
「監視の件については、そこの書類を終わらせていただければいつでも解きますよ?」
「私がギルドマスターに報告しに来たのは別件です」
とブリザードよりも冷たい表情とトーンで言い返された。
「あぁそう……で、その報告ってなに?」
そう聞いてみると、受付嬢はやや眉根を寄せ少し小声で用件を伝えてくる。
「その…“シルバニア”のメンバーが帰還したのですが、何やらギルドマスターに話があるとかで」
「地下の訓練場へ一人で来てほしい、と……」
シルバニア、“月夜の狼亭”でも中堅にあたる冒険者チームだ。
腕もよく、そろそろ熟練クラスの冒険者にあたるベテランぞろいなのだが……彼らがわざわざボクを呼び出す用とは何だろうか?
「わかった、とりあえず行ってみるよ」
伸びをしながら席から立ちあがり、扉へと向かう。
「マスター…これを口実に逃げ出さないでくださいよ」
受付嬢に、じとっとした目で釘を刺される。
どうやらよほど信頼されていないらしい。ボクは軽く肩をすくめながら、わかったよと言葉を返し部屋を後にした。


ギルドの地下には、大きな訓練場がある。
そもそもこのハ―ヴェスという街は、魔動機文明以前から続く巨大な遺跡の上に成り立っている。
この街の水路や魔導灯なども、かつての先史時代の名残の一つなのだ。
故に、この街の地下には大きな地下遺跡が無数に点在しており、今でも時折遺跡が見つかることがある。
地下深くに魔剣と、その魔剣の迷宮でもあるのか、知らぬ間に地下空間が増殖していることは珍しくもない。
このギルドの地下空間もそういった遺跡の一つであり、こうして有効に活用させてもらっているのだ。
地下へと下る階段を降りつつ、地下にある部屋の中で最も大きな部屋である訓練場の両扉を開ける。
訓練場はかなりの広さがあり、石畳が敷き詰められた武骨な床の上にはいくつもの訓練用道具が設置されている。
模擬戦闘もできるように円形の空間となっており、ちょっとした闘技場という雰囲気だ。
普段であれば熟練冒険者たちや、冒険者を引退した指導役の面々が、駆け出し冒険者たちを鍛えているのだが
今はどういうわけか、この広い空間にはだれもいない。
いや、厳密には“シルバニア”の面子4人と、見知らぬ顔の女性3人が闘技場の真ん中に突っ立っている。
……なぜだろうか、すごく嫌な予感がする。


「呼ばれてきたんだけど、一体何をしようっていうんだい?」
声に警戒心を織り交ぜながら、目の前の4人の冒険者たちと後ろに控えている3人の女性を確認する。
一番端に立っているのはシルバニアの前衛兼、斥候も務める人間の女性、リアーネだ。
強化されたレイピアに自身の魔力を載せた一撃を放つ《魔力撃》を使う軽戦士で、少し緊張した面持ちでこちらを見つめている。
普段は優しいお姉さんのような存在で、駆け出したちにもよく前衛での戦い方や斥候としての心構えを説いているような彼女だが
そんな彼女が緊張しているとは、一体何事だろうか。
その隣では落ち着きなくおろおろとあたりを見渡している、小柄なリカントの少女…いや、少年なのか? がうろついている。
同じくシルバニアの前衛を務めているリーンだ。小柄な体格とその風貌に似合わず、想像以上の筋力を兼ねそろえた戦士でもある。
よくウルルとも遊んでくれており、時折訓練場でかけっこやかくれんぼなどをしているのを見たことがある、あの子は一体いくつなんだろうか。
そんなリーンをたしなめているのが、すらりと伸びた背に美しい髪が印象的なエルフの女性、ヴィオーラだ。
どこかミステリアスな雰囲気を持つ彼女は、バードとして卓越した技能を持ち合わせている。
何度か彼女の歌を聞いたことがあるが、まるで吸い寄せられるような魅力があった。……今度演奏会を開いてくれるように打診してみようか。
そして、その隣にはどこか不敵な笑みを浮かべている長身のタビットの姿がある。ゼニスだ。
並外れた知力と、高い魔法適正をもつ彼はまさにシルバニアの要といったところだろう。
なんといっても頭が切れる、あの知性の高さはボクでも侮れないものがある。そんな彼が笑みを浮かべて待っているのだから警戒度は一気に引きあがる。
「御足労痛み入る、ガルフ。すこし折り入って話が合ってな」
ゼニスが口を開く。なぜだかさっきよりも嫌な予感が増している。
「後ろにいる彼女たちのことでな、オレ様の話を聞いてもらいたい」
そういいながら、彼が後ろに目をやる。そこには先ほどから不安げな表情で立っていた3人の女性がいた。
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一人は茶色の髪に、帽子をかぶった人間の女性だ。
黒いロングマントと持っている手荷物からして行商人か何かだろうか。
どうも状況を把握できてないのか、リーンと同じぐらいあたりをきょろきょろ見渡している。
二人目は金色の髪が目立つ女性だ。種族は人間だろう。
様子を見るに一般人のようだが、胸に掲げるあの聖印は始祖神であるライフォスのものだ。
どうやら神官らしい。こちらの女性は先の女性とは異なり、不安そうな面持ちでボクの方を見つめている。
三人目は黒髪を肩まで伸ばした女性だ、だが……なにやら妙な気配を感じる。
他のメンバーとはことなり、緊張や不安といった感情の中に、ほんの少しだが敵愾心を感じ取れる。
嫌な気配だ、何者かは知らないが警戒するに越したことはないだろう。
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「……で、彼女たちについて一体何を話してくれるんだい?」
警戒心を露わにした声でゼニスを問う。間違いなく何かを隠している。
「おいおい、そんなに警戒するなよ。───それに、警戒するのはこいつを見てからでも遅くはない」
ゼニスがそういうと、彼は後ろの三人に片手をあげて合図を送る。
すると、三人の中でも黒髪の女性が意を決した覚悟で一歩前にでて、ボクの顔を見つめる。
一体何をするつもりだろうか、ボクがそう思った時それは突然に現れた───
めりめりと、引き裂くような音と共に彼女の下半身が大きく変貌し始める。
まるで風船が膨れ上がるように彼女の足が膨らみ変化し、一本の巨大な蛇と化していく。
───嫌な予感は的中だった、考えるまでもない。人に化け、その血を糧とする蛮族、ラミアだ。
だが敵対する意思はないのか、上半身の人間部分の彼女は何か恐れたような、おびえたような表情でこちらを見ている。
「……これは一体、どういうことだい?」
冷え切った冷徹な声でシルバニアに語り掛ける。
もし彼らが人族を裏切るようなものであれば、この場で全員を“処断”する必要がある。
語り掛けつつも呼吸を整え、いつでも叩き潰せるように拳を握る。
「待ってよガルフ! 彼女たちに敵対する意思はないわ!」
リアーネがそう叫び、ラミアと僕との間に割って入る。
「そうだよ! メグは確かに蛮族だけど、いい蛮族だもん!!」
つづいてリーンが、勢いよく飛び出してまくし立てていく。
彼女らが嘘をついていいる節はない。それはギルドマスターとしても、元冒険者としての勘もそう判断している。だが……
「君たちが何を見て、何を知ったかは知らないが……意志があるかないかはギルドマスターである、ボクが判断することだ」
冷ややかに、冷徹に。鋭い刃物を突き立てるように飛び出てきた二人に言葉を叩きつける。
「ラミアの……メグという名前だってね。君は一体、ウチのギルドに何をしに来たんだい」
「それに後ろの子たちも、もしかして蛮族なのかな?」
ちらりと後ろに目線を動かす。金髪のライフォス神官と目が合う。
恐怖の表情。ただ、それ以外にも何か表情が隠れているように思える。
「っ……!! 違うっ、アンジュもカリンもただの人間よ! 蛮族は貴方の前にいる、私だけだわ!」
メグが声をあげ、アンジュと呼ばれた女性との間に割って入る。
「ラミアである私がこんなことを言うなんて信じてもらえないかもしれないけど…彼女は私にとって、大切な人なの」
「お願いだから……手を出さないで頂戴」
懇願するような、祈るような表情で、かすれるように声をあげる。
「……いいだろう、君たちの“処断”は置いておくとして、君は一体何をしにこんなところまで来たのかね」
少し殺気を緩めつつ、ラミアの少女に声を掛ける。
「私は…アンジュと一緒に生きると決めたんだ、何があってもどんなことが起こっても」
「悩み、苦しみ、どうしたらいいのかわからなくなった時、そこにいる冒険者───シルバニアの皆と出会った」
「彼らがいたから、私もアンジュも一歩を踏み出すことができたんだ」
「だからどうか……どうかお願いします、私とアンジュを───冒険者としてここにおいてください!」
ラミアのメグは、涙ぐみながらゆっくりと語り、頭を下げて願う。
───驚いたものだ、シルバニアの連中は大抵何かやらかして帰ってくるのだが、まさか今回は蛮族を連れて戻ってくるとは。
しかもまぎれもなく、本心から冒険者として活躍したいと願い出てきている。
嘘を言っていないことは、彼女の目を見れば明らかであった。あの眼差しは、苦しみ、悩み、果てしない迷いの先に見出した一つの希望
それに縋り、祈り、憧れたものの眼差しだったからだ。
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しばしの沈黙。
恐ろしく冷たい空気と、沈黙が訓練場を包み込んでいた。
その静寂を破るように竪琴の音色が響き渡る。
「───果てなき旅路に 夢見る先は」
「月夜に浮かびし 望郷の宮───」 
「───しかして我ら 忘却の果てに」
「ついぞ叶わぬ 帰郷の夢───」
囁くような小さな声だが、不思議と訓練場いっぱいに響き渡る。
まるで心を締め付けるような懐かしさと悲しさを想起させる、ヴィオーラの歌声が響く。
「彼女たちの安全性は、私たちが保証いたしますわ。……それに、マスターも感じたでしょう?」
何を思ったのか見透かしているかのような声が、脳裏に突き刺さる。
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ふっと息を吐き、意識を整える。
「……だとしてもそれを判断するのはボクの義務だ」
拳を握りしめ、一歩前に歩き出す。
それにつられて全員が警戒の色を見せる。
「望むのなら、本気で抵抗して見せなさい。──────それができないのなら、ここで皆処断するまでだ」
足で地面を踏みしめ、体を低く保ってから一気に地面を蹴り上げ疾走する。
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「やはりこうなったか……では示して見せよう」
ゼニスがそうつぶやくのが聞こえ、その声に反応してシルバニアのメンバーが一気に動き出す。
真っ先に突っ込んできたのは、リカントのリーンだ。
メイスを片手に持ち、もう片方の手にはカイトシールドを握りしめ、行く手を遮るように前進してくる。
「マスターの分からずやァ!!!」
リーンの瞳孔が縦に割れ、猫の目を輝かせながら顔立ちも獣のものへと変化していく。
獣の咆哮をあげながら、リーンは勢いよくボクを狙ってメイスを縦に振り下ろす。
だが単調な攻撃だ、走りながら体をよじりリーンの攻撃をよける。リーンの放った強烈な一撃が、ボクをかすめるようにして振り下ろされ、硬い石畳と激しく衝突する。
空振りに終わったメイスの攻撃の隙を狙い、握りしめた拳をがら空きになったリーンの身体に叩き込む。
「───っ痛ぅ!!」
間一髪、よろめきながらもボクの一撃をカイトシールドで受け止めていた。なるほど、懸命な判断だ。
──────ただ、その崩れた姿勢でもう一撃に耐えれればの話だが。
間髪入れずに、さらに追加の一撃を今度は盾でカバーしきれない足に向かって叩き込む。
この一撃は避けられない、これでリーンはしばらくは動けないだろう──────そう思っていた瞬間、首筋に殺気を感じ取る。
殴りつける勢いのまま、地面へ勢いよく転がり間合いを取る。
先ほどまでボクの首があったところを、鋭いレイピアが貫く。───リアーネだ。
「……今の、当てる自信あったんだけどなぁ」
レイピアを構え、数m先で相対しながらリアーネはつぶやく。
初手のリーンの大ぶりな一撃は陽動で、ボクの攻撃を誘発させその隙に本命であるリアーネが急所を狙う作戦だろう。
互いの性格をよく見てくみ上げられている、ゼニスの差し金か、彼らが無意識にやっているかはともかく息の合ったコンビネーションだ。
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ちらりと彼女たちの後方を見やれば、ゼニスとヴィオーラは武器を構えているがすぐさま動く様子はないようだ。
何を狙っているのかわからないが、とにかくはこの前衛二人をおとなしくさせる方が先決だろう。
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「行くよっ、リーン!」
今度はリアーネがレイピアを構えながら、間合いを詰めてくる。
強化されたレイピアが、魔力を纏いながら鋭い突きを放つ。並みの蛮族であれば、この一撃で胸に風穴があくだろう。
だが鋭すぎるその攻撃は、その鋭さゆえにあたりどころも想像がつく───胸を狙った一撃は再び虚空を貫く。
「ぐっ……!?」
致命的な突きの一撃を躱し、すれ違いざまに掌底をリアーネに叩き込む。一瞬、ふらりと姿勢を崩すが、さすがは熟練の冒険者といったところか
強烈なカウンターを受けても、まだリアーネは立っている。
「リアーネから離れろぉ!!」
咆哮に交じり、リーンの激昂した声が聞こえる。
リアーネの背後からは、盾を投げ捨てメイスを両手で握ったリーンが迫り来ていた。
強靭な肉体と、発達した筋肉を怒張させながら全力の横なぎ攻撃を放つ。
「力任せも嫌いじゃないが……すこしは学習した方がいいね」
大ぶりの一撃が当たるよりも早く、リーンとの距離を縮め、彼女の襟首を掴み取る。
突然の出来事に、リーンは目を白黒させている───だが、彼女が抵抗するよりも早く、その小さな体をリアーネを巻き込む形で投げ飛ばす。
「きゃんっ!!」
もうもうと砂ぼこりが上がり、リアーネを巻き込みながらリーンは地面に倒れ、ピクリとも動かない。
リアーネもリーンに巻き込まれ、数m先で二人仲良く地面に伏している。
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「──────真、第六階位の攻──────」
ピクリと耳を立て、あたりを見渡す。
肌がざわつき、毛が逆立つこの感覚……前方を見るとゼニスが魔法を詠唱している。
しかしこの魔力、並の魔術師のものではない。おそらくは隣で呪歌を演奏しているヴィオーラと
メグと呼ばれたラミアも、何かしらの支援魔法を行使し限界まで魔力を上昇させているに違いない。
彼我の距離は20m以上、一気に近づいても魔法を止めることはできないだろう。
どうやら、真の狙いはこれだったようだ。
前衛二人が時間を稼ぎ、その間に強烈な一撃を生み出すために備える。
おそらくは二人が倒されることも想定済みだったのだろう……食えない男だ。
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「──────火炎、灼熱、爆裂───火球!」
最後の詠唱を唱え終わり、煌々と燃え上がる極大の火球が生み出される。
その火球は、一直線にガルフの元へと大地を這う大蛇のごとく忍び寄る。
回避は不可能、あれだけの魔力が込められた火球だ、直撃すればタダでは済まない。
「なるほど……少し甘く見ていたか、これは」
迫りくる火球の前、強く拳を握りしめ筋肉を隆起させながらガルフ・ローランはつぶやいた。
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濛々と砂ぼこりが立ち上がり、濃密な煙が訓練場を覆っていた。
パラパラと舞い落ちる砂やがれきを服から払いつつ、ゼニスは目の前の状況を観察していた。
強烈な爆炎によって発生した砂ぼこりと煙は、いかに広い地下空間といえども視界をゼロにまで悪化させている。
隣にいるヴィオーラや、背後で動いているメグやアンジュたちは気配で察せるが
ガルフがどうなったかは、煙が晴れるまでは分からないだろう。
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「……ふん、一応警戒はしておくか」
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ヴィオーラには目線で呪歌を続行するように伝える。
すでに数曲を演奏している彼女だ、前衛の二人を回復するだけの楽素もすでに溜めてある。
一応、念のために後方のメグやアンジュ、カリンにもいつでも動けるように声を掛けて指示を出しておく。
とはいってもこのありさまだ、先ほど放った《ファイアボール》も確かな手ごたえがあった。
たとえ動けたとして、それなりのダメージを負っているはずだろう。
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濛々と煙が立ち込める中、ふと足元に転がっているがれきを見る。
おそらくは石材だろう、砕けて小さな破片となっているが……妙なことにその断面は、激しく熱で溶かされている。
確かに、あれほどの爆発なら石材が破片となることもあるだろうが、ここまで激しく融解するとなると、火球が“直撃”する以外にあり得ない。
まさか──────そう思った瞬間だった
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煙の中から黒い影が躍り出て、ゼニスの目の前に飛び出てくる。
灰色の狼の耳に、逞しい尻尾。
屈強な戦士の肉体をもち、まるで飢えた狼のような鋭い眼光。そこにはギルドマスターである、ガルフ・ローランが立っていた。
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「っ……! オレ様の火球を受けてまさか立っているとはな……一体どんな手を使ったんだ?」
彼我の距離は5mもない、もし彼が本気で殺しに来たら抵抗の余地などないことは明白だ。
当のガルフは、落ち着いた雰囲気で肩についた埃を払いながらゆっくりと距離を詰めてくる。
「そんなに難しい話じゃない、避けられないなら直撃する前に壁を作ったまでさ」
ガルフは指先を石畳に向けて語りだす。
「あの火球が直撃する前に、石畳を放り投げて先に誘爆させたんだよ……まぁちょっと尻尾の先が焦げたけどね」
こともなげに話すガルフだが、あの短時間で石畳を掘り起こして投げ飛ばすなど、常人の技ではない。
「とんでもない馬鹿力だな……化け物め」
ガルフはゼニスの言葉に相好を崩しながら、拳をにぎる。
「化け物か……ボクには英雄にも神様にもなるような度胸も心構えもなかったからね、そういわれるのも仕方がない」
「さて、ハンターと子狐狩りは終わったし、そろそろ兎狩りと行こうか。───最後は蛇狩りかな?」
ガルフは拳を構えながら、ゼニスの目の前に立ちはだかる。
その目は冷徹で、断固たる決意のもとに審判を下す、ギルドマスターの目だ。
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ここまでか……、杖を掴む手に力が入る。諦めの色が見えたときだった
「───成った」
背後から、心を鼓舞する旋律が聞こえる。
しかし、急激にその音色は変わり、荒々しく猛々しい咆哮のような音色に変わる。
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「───狂える怒り、叫びとなりて」
「敵対者を喰い荒らしなさい───」
「───終わりの旋律、獣の咆哮」
ヴィオーラが竪琴をかき鳴らし、禍々しい音色と共に終律を歌い上げる。
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まるで旋律が一つの生き物のように突き進み、幾つもの見えない牙をガルフに突き立てていく。
「ぐっ……呪歌か、だがこの程度では致命打にはならないよ……っ」
さしものガルフも苦し気な表情で胸を押さえてはいるが、次第に終律の効果も収まっていく。
「ちぃっ!!」
マナスタッフで殴り掛かるが、この程度ではどうすることもできない。
当然のように、横殴りの攻撃を受け止められがっしりとスタッフを握られてしまう。
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「……どうやらチェックメイトのようだね」
終律の効果も切れ、ガルフは息を整えて悠然とした表情で見下している。
片手でマナスタッフを握られ、もはや逃げることも戦うこともできない。
「そうだな──────これでチェックメイトだ」
ゼニスの口がにやりと笑う。
「っ!?」
不意に上空から何か落ちてきて、それはガルフに覆いかぶさる。
いや違う───”絡み取られている”
生暖かく、表面は若干ざらついているがしなやかな感触
手と足と胴、そのすべてに絡みつき、自由に体を動かすことを許さない。
かろうじて手は動くものの、がっちりと締め付けられ回避はままならない状況だ。
「動かない方がいいよ、下手に動くと関節が外れるから」
頭上からメグの声が響く、ぎちぎちとメグは大蛇の身体でガルフを縛り上げながら真剣なまなざしで見つめている。
「だが…この程度……!」
身体に力をいれ、拘束を振りほどこうとしたとき
───首筋に冷たいレイピアの切っ先が触れる。
その先を見れば、レイピアを構えガルフの首筋に突き立てているリアーネと
メイスを片手で握り、同じくいつでも頭を打ち砕けるようにと構えているリーンの姿がある。
「今度は外さないわよ?」
リアーネはレイピアの切っ先を突き立てながら、そう宣言をする。
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「一体二人がどうやって……」
はっと気が付いた様子でガルフは周囲を見渡す、アンジュとカリンの姿が見えない。
ふと天井を見てみると、そこには天井からぶら下がるようにして二人の少女が聖印を構えている。
「ご明察の通り、メグ・アンジュ・カリンにはあらかじめ《ウォールウォーキング》をかけておいたのさ」
やれやれといった表情でゼニスが近づき、マナスタッフを奪い取る。
「あんたが突っ込んでくるのは予想できたんでな……3人には煙に紛れて天井伝いに移動し、リアーネとリーンの回復をしてもらったのさ」
「どうやらあんたは、前衛は陽動と思っていたようだが後衛のオレ様たちも陽動だ、今回のメインは天井に張り付いてた3人、という事だ」
「2人の回復が間に合い、不意打ちが成功するのが先か、あんたがオレ様たちを倒しきるのが先か……賭けだったが、どうやらオレ様たちの勝ちだったようだな」
改めてマナスタッフを構え、いつでも詠唱できるように魔力を練り上げ始める。
「さてマスター、どうやら狩りの獲物は“兎一匹”から“狼の群れ”に変わったようだが……どうだ、続けるか?」
リーン、リアーネ、ヴィオーラ、ゼニスのシルバニアメンバー。そしてメグ、アンジュとカリンの3人。
それぞれが決意と信念に満ちた眼差しをガルフに向ける。
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「ふ……ははははっ!!」
大蛇に縛り上げられながら、ガルフは高らかに笑い声をあげる。
「はははは!! はぁ……まさか、君たちがここまで完璧なコンビネーションを見せるとは思ってもみなかったよ」
「──────合格だ。腕の立つ冒険者を見逃したとあっては、ギルドマスターの名折れだからね」
「君たちを歓迎しよう。 ようこそ、冒険者ギルド“月夜の狼亭”へ!」
ガルフは高らかに宣言しながら、周りの皆を見渡す。
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「ほ、ほんとにいいの…? だって、私蛮族……」
メグは驚いたような表情で声をあげる。
「何、冒険者ギルドに所属する冒険者の中には、もともと蛮族領から逃げてきた者たちもいてね」
「君たちのことは、うまいことボクが皆に説明しておくよ。……ただ、君たちが認められるにはそれなり以上の努力が必要だ」
「認められるのは簡単な道のりじゃないけど、ギルドマスターとしてボクはキミたちを全力でサポートしよう」
ガルフの言葉を聞き、メグは顔をほころばせ天井のアンジュを見上げる
アンジュもまた、満面の笑みでメグを見つめ喜んでいる。
「一件落着だねっ……最初はどうなるかと思ったけど!」
リーンがメイスの構えを解き、笑顔で皆の顔を見つめる。
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ガルフはにこやかな表情でその顔を見ているが、不意に口を開く
「ははは、ただ……一つお願いがあってね」
「まぁボクも、久しぶりに血が騒いでるんだ……すこし付き合ってもらえるかな?」
瞬間、ガルフは体に力を籠め始める。
一瞬にして訓練場全体を包み込むように、緊張が走る。
ぞっとするほどの気迫、髪は逆立ち、本能が警鐘を鳴らしている。
全員が慌てて武器を構え、メグもガルフを締め上げる蛇の胴に力を加えていく
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「──────真、第十階位の攻。──────」
ガルフが魔法文明語で言葉を紡ぐ。
彼の右手に嵌められた銀の指輪が怪しく輝き、空中に魔法文字を描いていく。
「第十階位だと……! いかん、全員離れろっ───!!」
ゼニスが叫び、全員が慌てて距離を取ろうとするも、それよりも早く術式は完成する。
「──────冷気、吹雪、暴風───猛雪!!」
ガルフを中心に、猛烈な冷気が巻き起こり地面を、大気を一瞬にして凍結させていく。
次いで強烈な暴風が巻き起こり、大気中の水分が氷の槍と化し周囲一面に襲いかかる。
極小のブリザードは周囲の悉くを巻き込み、一瞬にして破壊していく。
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大気中の空気が急速に冷却され、ぱりぱりと不気味な音を立てている。
「おいおい……全員無事か?」
ゼニスが声を上げ、周囲を確認する。
「痛ゥ……さっきアンジュとカリン治してもらったのに、何とか大丈夫よ」
凍傷を負いながらも、リアーネが立ち上がる。
その隣にはガチガチと歯を鳴らしながら、ぱりぱりに凍った尻尾を抱えてリーンも立ち上がっている。
「寒すぎるよぉ…! なんなのさ今の!?」
「真語魔法……それもかなりの高位の魔法のようですね」
ヴィオーラも、ゆっくりと立ち上がりながら周囲を確認している。
「しかし……この展開は予想できなかったのですか? ゼニス」
やや詰るように、うっすらと笑いながら不思議な雰囲気を纏ったエルフは優雅に言い放つ。
「はっ……オレ様の予想通りなら、あいつまだ奥の手の一つや二つは隠し持ってるぞ」
マナスタッフを握りなおしながら、ゼニスは不敵に笑みを浮かべる。
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「おや、メグたち3人は今の一撃で伸びてしまったようだね……さて、作戦会議はもう済んだかな?」
破壊しつくされ、凍り付いた地面と真っ白な靄の中から、霜を踏みつけながらガルフが歩み寄ってくる。
「さてと……それじゃあワイルドハントの続きをしようか」
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どうやら戦意は最高潮らしく、一瞬で頭部を狼の姿へ変貌させる。
灰色の狼は咆哮を上げ、その強靭な両足で大地を蹴り上げ、冒険者へと襲い掛かる。
どうやら、第二ラウンドはハードなものになりそうだ───────
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「ほんとなんなのさー!!もぉー!!!」
いら立ちを表すかのようにメイスをぶんぶんと振り回し、周囲のがれきを破壊するリーンの姿が見える。
地下の訓練場は、つい数時間前とは様変わりしていた。
破壊されつくした石畳に、崩落寸前の天井
壁のいくつかは大きく抉れており、一部は強烈な熱によって融解しているところもある。
ぼろぼろになっているのは、訓練場だけではない。
シルバニアのメンバーも、メグやアンジュ、カリンもひどく汚れ、あちこちに打撲の跡があり
かなり疲弊した表情で地面に座っている。
「……なんでお前はそんなに元気なんだ?」
ぐったりとがれきの上に腰かけ、呆然と周囲を見つめていたゼニスは声をあげる。
ゼニスだけではない、リアーネもヴィオーラも疲れ果てかなり損耗している。
それもそのはず、先ほどまで4人とも地面に伏し、気絶していたのだ。損耗していないはずがない。
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結論から言えば、第二ラウンドは一方的な戦いに終わった。
どうやらガルフは最初から本気ではなかったらしい───それは薄々気がついてはいたが
まさかこれほどまでの力を隠し持っていたのは計算外だった。
第十階位の真語魔法を平然と放ち、武器も防具もつけずに4人の冒険者をやすやすと相手取る。
元はかなり高位の冒険者であるとは聞いていたが、ここまで来ると本当に人族かどうかを疑いたくなる。
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「しっかし、それでもあの強さは反則だよねー……」
あちこち焼け焦げたリアーネが口を開く。
リアーネの放った攻撃は、その悉くは避けられ逆に手痛い反撃を受けていた。
ガルフの動きは一流の拳闘士のものであり、的確に技を受け流し、時には相手の力を使って反撃する
動静に富んだものだったのだ。
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「だけどっ妙に剣士としての戦い方に詳しかったよねっ、マスターってさ」
リーンは相変わらずがれきを砕きながら、いら立ち紛れに愚痴をこぼす。
リアーネもこれに頷く。どうも前衛二人はガルフの行動に、妙な違和感を感じていたようだが
違和感の原因はこれにあるらしい。
剣の間合い、打点の高さ、その取扱いを熟知した立ち回り。
二人はこのガルフのこの動きに翻弄され、なすすべなく撃破されていったのだ。
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「……恐ろしいのはあの近接戦闘能力もですが、それ以上に多彩な遠隔攻撃をもつ点でしょうね」
ゆっくりと竪琴を弾き、夏を彷彿とさせる終律で締めながらヴィオーラが語る。
猛烈な連続攻撃だけでなく、後衛にも的確に魔法を放ち、前衛との連携を阻害する。
ガルフの多彩な魔法は、ヴィオーラの呪歌と、妖精を駆使した手厚い援護すらも打ち破り
前衛だけでなく、後衛すらも苦しめていた。
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「一番腹立つのは、訓練場の後始末を丸投げされたところだよっ!!」
リーンは怒りの一撃を、地面に転がっている大きながれきにぶち込んでいた。
気絶し倒れた4人と3人を回復し、《アウェイクン》によって起こしたのはガルフ本人だった。
どうも日頃のうっ憤でも溜まっていたのか、晴れ晴れとした笑顔で改めてアンジェ、メグ
そして哀れにも巻き込まれたカリンをギルドの一員として迎え入れ
シルバニアの4人には「後片付け」を言い残してさっそうと戻っていったのだ。
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「まぁ、訳ありの娘二人連れてきてこの程度で済んだんだ、良しとするほかないだろう」
ちらりとゼニスが3人娘の方に目をやれば、疲れ切ってはいるがどこか安堵したかのような表情で目を閉じ、眠っていることに気が付く。
「まぁそれもそうだけど……だからって、こんなの掃除するなんて無理だもんっ!!」
今にも獣変貌しそうな勢いで、リーンは勢いよく壁をメイスで殴っている。
あれだけ激しい戦いを駆け抜けたというに、どこにそんな体力が残っているのやら。
「おい、そこら辺の壁はかなり脆くなって──────」
「あっ──────」
がすっ、っと鈍い音が響くのと同時にリーンの一撃が壁を打ち抜き、メリメリと音を立てて崩壊し始める。
一瞬にして崩落した壁から逃れる暇もなく、リーンはがれきの山に飲み込まれていた。
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「ちっ……お前は余計な手間を増やさないと気が済まないのか?」
けだるげにゼニスは立ち上がり、リアーネとヴィオーラも様子を伺いに崩れた壁際にちかよる。
土砂の中からはくぐもったリーンの声が聞こえてくる。どうやら無事らしい、タフな奴だ。
「ちょ、ちょっと……あれってもしかして……」
リアーネが驚きの声をあげながら、崩れた壁の向こう側を指さしている。
どうやら、壁の向こう側は未発見の遺跡だったらしい、埃っぽい空気が訓練場へと漏れ出てきている。
だが、驚いているのはそこではない。
その遺跡の中に浮かぶモノ。異様な外観と、見るものすべてを吸い込むような漆黒の黒。
「……どうやらとんでもないものを引き当ててしまったようですね」
ヴィオーラもため息交じりの表情で、見つけたものを凝視している。
「面倒ごとが増えたな……まったくリーンには振り回されてばかりだな」
3人が見据える先には、真っ黒な球体が不気味に浮かんでいた。
どこまでも黒く暗い魔球──────そこには奈落の魔域が静かに鎮座していたのだ。
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Picrew ストイックな男メーカーより やすばる様